佐藤亜紀明治大学公開講座第九回(2008年度第四回)[1]

前回の授業の内容で、少し訂正があります。「我らの祖先ガリア人は」という問題について少しお話しましたが、高遠先生が、フランスのネイティブの方に聞いて下さったところ、それは元々童謡の内容であるという解答が返って参りました。非常によく知られている曲ではあるんですけれど、やはり現在の一般的な事情に照らした場合には、学校で教えるにはふさわしくない内容であると認識されているというのが、とりあえず常識として共有されているという事でしたので、ノート等とっておられる方は、その旨ご訂正お願いします。

世界の絶対的怪異性

多少陰気な気分なので、多少陰気な話から始めますけれど。大体、この授業の内容は非常に陰気な物なのですが。
 高校の時に、私、下宿していたんです。下宿していると言うことは、下宿代等は月初めに払ってありますが、それ以降、一ヶ月分のご飯代、その他の活動費は、貰っているお金の中から出さなきゃいけないわけです。ところが、かなり馬鹿な物ですから、うっかり前日に本屋に行った瞬間に、澁澤龍彦の箱入の本を買ってしまいまして。高校生が買う物か、という気はするわけですが、そのせいで、文無しになって、昼飯も食えない状態に陥ったわけですよ。
財布の中に残っているのは十円が入っているきりだったんです。それで、これはやばいな、と思って、家に電話しようと思ったんですけれど、下宿といっても、普通の日本家屋の二階の部屋一つずつに、高校生が住んでいるような所で、しかも、おばさんは厳しいんですよ。電話は、今だったら携帯がありますけれど、当時は玄関の所にあるだけで、おばさんに言わないと使えなかったんです。おばさんに「すいません、電話貸して下さい」と言って、電話掛けて、「お母さんお母さん、私は文無しになりました。援助をお願いします」と言ったら、おばさんに叱られるから。ちょっと考えまして、仕方ないので、学校から、このラストの十円を使って、電話を掛けて救援を請おうと思って、昼休みに、家へ電話をかけていたんです。だから、その日は何も食ってないわけですが。それで、空きっ腹を抱えて、電話をして、じーんじーんと鳴って、向こうが出て「はいもしもし佐藤です」と出た瞬間に、誰かが後ろから手を伸ばして、がっちゃんと電話切りやがったんです。。
どこの誰だよと思って振り返ったら、それが、物凄く不思議な話なんですけれど、隣のクラスの子なんですよ。隣のクラスの子で、中学校二年生くらいなのに、身長が175ぐらいあるとにかくでかい女で、物凄く不思議なキャラクターなんで、私はよく知っているけれど、口をきいた事は一度もない女なんです。そいつが、いきなり私の後ろから何の断りもなく電話をがっちゃんと切って「なんちゃって」って言って去っていった。
なんだったんだろうね、あれ。格別それで、以降仲が良くなったとかそういうことはないんだけれど、なんとなく、廊下で会うと、ちわーす、とかやる仲になっただけなんですけれど。
凄く不思議でしょう。世の中って、こういう種類の事がよくある、という話から始めようと思うんですけれど。

それで、凄く大仰な事を言いましょうか。その当時、なにしろ私は澁澤なんて買って読んでますから、クロソウスキーとかも喜んで読んでいるわけですよ。古本屋で見つけた『わが隣人サド』とかを、高校生のくせに、おお、とか言いながら読んで、それで「神の絶対的怪異性」だったかな。そんな事を言って物凄く喜んでいたんですけれど、実態としてよく分かってないのね。だけど、その後ろからがっちゃんをやられた時には、神とは言わないけれど、世界の絶対的な怪異性を感じました。あまりにもわけがわからない。なんの文脈もない。
そういう話から始めたいんですけれど、つまり「世界の絶対的な怪異性」という奴ですよ。この話はここから先、かなり異様になってしまうわけですが。つまり、何が絶対的に怪異なのか。世界の、何が絶対的に怪異だと感じたのか。
この世界の中に、我々がいるじゃないですか。というか、はっと気づくと世界の中にいるわけですよ。その辺りの問題に関しては、随分色々な哲学者が七面倒くさい言葉をこね回して言ってますから、多分ご存じだと思いますけれど。その時に、私と世界の関係が、何か決定的に妙な事になる瞬間があるわけです。このがっちゃんも、言うなれば、非常に些細で、かつ害のない、ある出来事だとは思いますけれどね。

それはつまり何なのかと言うと、自分を取り巻いている世界が、絶対的に、その本質として、何事にも揺るがされることなく我々から関係のない物として存在しているという事です。

暗黙の掟

あるいは、我々の側から様々な働きかけをやって、それが世界との間で何かをすると答えが返ってくるという状態。例えば、電話をするときに、十円を入れると、電話がぶーっと鳴るというような状況においては、全く気がつかないんですけれど、ある時突然に、我々が何をやっても実は何の効果も及ぼしていない。あるいは世界との間に何の関係もなくて、世界はただ単に――我々の働きかけによって揺るがされることなく――全く関係のない何かとしてそこに存在しているという、ある感覚があるわけです。
概ねにおいて、私が「世界はどうしようもなく怪異だ」と言う時には、そういう事だとご了解頂きたいわけです。つまり、世界というのは、我々から縁のない物として存在しているということ、あるいは、我々は世界にとって、全く縁のない物として、切り離されているような、ある感じみたいな物。
こういう感覚というのは、気がついている人というのは、ある意味では凄く敏感に気づく種類の物だろうと思います。

『小説のストラテジー』の中でもちょっと触れましたけれど、多分、カフカ的な物というのは、ある意味ではそういう感覚にごく近接にある何かであり、同時に多分ヨーロッパ文学とか、ヨーロッパについて興味を持って、よくご存じの方だったら分かると思いますが、ある種、練れた文明の人にとっては、自明のこととしてそれが存在していると私は思っていました。

一年ぐらい、パリの国立図書館に、ビブリオテーク・ナショナルという奴ですが、それがまだリシュリューという通り、パレ・ロワイヤルの裏の、古い建物にあった頃、一年ぐらい通った事があるんです。資料を調べるために。
その時、色々注意書きは渡されるんですが、我々の了解としては、注意書きというのは全てではないというのは知っています。多分日本人はみんな知っているでしょう。つまりそこには、明文化されていない沢山の掟があって、その明文化されていない沢山の掟のうちの、一つを踏み越えると、それでアウトになっちゃうという事です。

それで、古い建物の古い閲覧室をそのまま使っていますから、席数が圧倒的に少ないんですよ。だから、朝8時45分ぐらいまでに行って、行列していないと、閲覧席が取れないんです。そして、一度入った奴は、夕方まで意地でも出てこない。昼休みに少し出てくる。
だから、その状態で閲覧席にありつけないとなると、その日は諦めるか、あるいは昼までそこで、総合病院の待合室にいるみたいに、ずっと意地でも待って、一人出て行くたびに、段々中に入っていって、奥の方に行って、上手くすると、12時半ぐらいに入れる、そういう状態になるわけです。
もう一つ手があって、それは何かというと、窓口に頼むんです。なんと言って頼むかというと「目録が見たいから」と言うんです。そうすると、番付の札をくれるんです。普通はいつもその札をくれるんですけれどね。それで入って、適当な時間になったら行って、その札を見せると、いい具合に閲覧席が取れるというシステムなんです。
ただし、これはあくまでカード、目録を見るために入っているので、外に出ちゃ駄目なんですよ。それで、その「外」の案配が凄く難しい。私が見て一番びっくりしたのは、そこの窓口の、ある線、その線を踏み越えて外へ出て話をしていたら、お前はアウトだ、と言われた奴です。あれは多分に意地悪だったとは思いますけれどね。
ただ、そういう事は、観察していると分かるから、しくじらないように、我々は気をつけますけれど、どこにも書いてないし、貼ってもいない種類の事です。
あるいは、手洗いに行くときは、頼めばいいんです。「すいません、手洗い行ってくるんでお願いします」と言うと、黙認してくれる。しかし、そのままの状態で昼飯食ってきたりすると、それはアウト。「あんた、戻ってくるのが遅すぎ。一番後ろに並べ」って言われる。
そういう種類の、所謂「暗黙の掟」というのが、ビブリオテーク・ナショナルには沢山あったんです。上手く閲覧席をせしめるための。
そうしたら、ある時、少しばかり出るのが遅くなったので、割合前の方だったんですけれど、入口のゲートの前の所に、10人ぐらい座れる長椅子の待合室みたいな、楕円形をしているんですけれど、そこに座っていたら、アメリカ人の女の子が来ました。
アメリカ人の女の子だって分かるっていう事は、それだけで実に気の毒なことなんですよ。つまり、パリのアメリカ人というのは凄く不思議なもので、物凄くフランス語が流暢になって、物凄く同化すると、少なくとも日本人の目にはフランス人だかアメリカ人だか分からない。それがはっきりアメリカ人だと分かると言うことは、絵に描いたような外人であるという事なんです。
その女の子が来て、何か一つしくじったらしいんです。良い線まで並んで、列の前の方に来ていたにも関わらず、何か一つしくじっちゃって、資格をなくしてしまった。アメリカ人というのは、そういう時、まけませんから。一応建前としてはまけませんから、激しく窓口に言い寄って、そんな理由はない、大体どこにも書いてないじゃないかと言った。
他の連中はなんとなく見て見ぬふりをして、ああ、ひっかかっちゃったよ、という顔をして、目線を合わせないようにしているわけです。
でも、それは全然駄目だから、他にもみんな待ってるんだから、新しい番号をやるから、おとなしく後ろに並べと言われたときに、その女の子は、かなり泣きそうだったのね。それで、泣く泣くコートとかまとめて、座る場所ないから、廊下の方に出て待っていようとした途端に、ノートとか、鉛筆とか、大きな鞄を片付けなくちゃいけないから、沢山積んでいた物の中から、筆入がぽろっと落ちたのよ。その瞬間に、あっと思って拾おうとするでしょう。そうしたら、その他の、辞書とかそういう物が次から次へ腕の中から転げ落ちて、最終的に全部落ちたんです。そうしたら、その場で、その子、うわーって泣き出した。
分かるでしょう、この感じ。なんとも言えない、ある種。もう一つ言うと、あ、ってその子が来た瞬間に思ったのは、既にだいぶ神経がおかしくなっていたということ。そこで泣き出すだけの下地はあるんだと思ったんですが、やはり外国生活というのは、アメリカ人には凄く辛いらしくて、私も留学していた時に、アメリカ人の女の子が、奨学金を取っていたのに、留学を途中で投げて国へ帰ってしまったのを見たことがあります。
その時に、少し話をして聴いたら、「私はちょっとこの国には耐えられない」と。まず第一に、彼女は留学生なので、学生寮に入っていたんですが、学生寮にラウンジが無い。無いというか、入口の所に、ちょっと長椅子などがあるケースもあるんですが、所謂、学生寮のみんなが集まって話をしたり、お茶をしたりする空間というのは、確かにブザンソンの大学には無かったんですよ。
だから、せっかく寮に入ったのに、誰ともお友達になれない。テレビ室に行ってもいいんですけれど、テレビ室ってちょっと怖くてね。チャンネルが6しかないから、チャンネルごとに6室あって、それぞれチャンネルを放映しているんです。なんだか中が暗いんですよ。それで、いつも一人とか二人とか、こうやってあれしていて、あんまり、入りたくないよね。女の子はね。特に夜はね。だから、そういう所にもなかなか行きつけない。
それで、町に行っても、大学にもそういう空間というのは、学食ぐらいしかない。そして学食というのは、知り合い同士が、やあ、とか言って、集まって飯を食っているけれど、そういう所で、気軽く友達を作るチャンスが、フランスだとなかなか無いわけです。
アメリカの、プリンストンの子でしたけれど、彼女にとってはこれは信じ難い事態であるらしいんですよ。それで、キャンパスを歩いていても、誰も「ハーイ」って言ってくれないと言う。いや、言わないよ普通、と思うんですけれど。

そうしたら、フランスの習慣についてアメリカ人が書いた本というのがありまして、その中に、逆のケースが書いてあった。フランス人の学生が、アメリカに留学するんですよ。うん、アメリカの大学って良いところだな、だけど、たった一つ微妙に気持ちが悪いのは、絶対知っているわけないって奴が、俺の顔を見て、「にこにこハーイ」をする。そうしたら、ある日、学生委員会から呼出しがかかりまして。「いや、規則に触るような事は何もしていないと思うんですが、何か?」と言ったら、「お前はみんながハーイと言っている時に、何故ハーイと言わない」と叱られた。
我々の国では、「ハーイ」と言われたら、「ハーイ」と言う事になっている。お前は何故それをしないのかと言われて、そうか、それは仕方がないなと思って、「ハーイ」って毎日やるようにしたわけですよ。そうしたらもう一度呼出しを食ってしまって。――これも多分に与太くさいけれどね――何を言われたか。「いや、あの、あれから注意して、ハーイと言われたときにはハーイと言って挨拶をするようにしています」と言ったら「目が笑っていないので、苦情が出ている」っていうの。
だから、アメリカとフランスの大学では、環境が凄く違うという事は分かると思うんですけれど、そうではなくても、図書館などに通って調べるんで、アメリカ人の学生はよく来ていますけれどね。そういう場所においても、非常に異なる環境にさらされて、ちょっと神経がおかしくなるというアメリカ人は結構います。日本人もいます。日本人の場合は、更に深刻なケースを沢山知っていますけれど、その話はおくとして、夏目漱石みたいな奴が100人いると考えて頂ければいいわけですが。夏目漱石の留学の話を知っている方、おられると思いますけれど、留学する方は気をつけてください。夏目漱石の留学は、留学生がやってはいけない事を全てやっていますから。

まず正規のルートに乗らない。正規のルートに乗らないという事は、環境に馴染むチャンスを失ってしまうという事です。全く何の状態もないまま、街に暮らすなんて言うのはあれです。そして、その状態で、下宿をどんどん田舎の方に向かって移っていく。これは最悪のパターンなんだよね。なるべく町中に住んで、一応正規のルートに乗って、一応毎日、何かを達成しているような錯覚でもいいから、起こしておかないと、留学なんてものはとてもじゃないですが、やってられるものではありません。
その女の子は、多分そういう種類の――フランスなどには沢山ありますよ、暗黙の掟みたいな物。一応そこにいる人間は、多分こうだなと思っていて、日本人などでも、まあ、そういう暗黙の掟はあるよね、と思って、なんとなく踏み越えない物。いきなりそれに直面したときの、アメリカ人のショックという奴を考えて欲しいわけですよ。そうしたら、夏休みが来まして、夏休みになると、夏休みのアメリカ人が更に大量に来るようになったんですよ。そうしたら、多分、苦情が多いのにうんざりしたんだろうと思いますけれど、フランス語と英語の対訳で、暗黙の掟が全て明文化され、入口に張り出されていました。私もそれ、一々チェック入れて、やっぱりそうだったか、多分そうだろうと思ってた、ああ、やっぱりそうか、というのが全部書いてあるのね。
これが言うなれば文化の違いなんですけれど、そういう暗黙の掟のある世界とない世界というのがあって、アメリカにだって、ないわけはないと思いますけれど、おそらく、暗黙の掟が非常に少ない世界なんだろうと推察しています。
言うなれば、練れた文明というか、我々が過ごしている日本における文明のあり方とか、あるいはヨーロッパにおける文明のあり方みたいな物は、そういう暗黙の掟みたいな物がある。誰も口にしないし、明文化も敢えてしないんだけれど、やっちゃいけない事というのがあるというのを前提にしているわけです。ただし、この状態で我々は慣れて暮らしていますけれど、一つ、それにつまづいた瞬間に、ある異様な感覚を覚える事があるわけです。
あるいは、それを分かって暮らしているんだけれど、もしかすると、私の知らない暗黙の掟がそこにあるのかも知れないという、ある感覚があるわけです。
筒井康隆の『熊の木本線』みたいな世界です。そこに、確実に、言ってはいけない言葉がある。何を言っても良いんだけれど、一つだけ言ってはいけない言葉がある。その感覚は、多分、非常にカフカ的な物として、文学においては表象された物だろうと思うわけですが。言うなれば、そういう何かをきっかけにした瞬間に、世界というのは、ある程度までは理解も出来るし、そこのメカニズムを理解しているから、ある程度まではコントロールできると――この度合いというのは随分色々あるわけですが――我々は思っているけれど、その一方で、何か根本的に完全な把握は不可能だし、完全なコントロールも不可能であると思わせる、ある姿をしているという事が、薄々分かった状態で、我々は暮らしている。それを、「世界の絶対的な怪異性」と私は言わせて頂きたいわけですが。
そういう世界のあり方は、つまり掟を踏み越えるような瞬間にさえも、大概は害がないから、ちらっと見えるだけなんですよね。一瞬。あるいは、我々の周囲の誰かが、全く予期しない所で、予期しない行為をやった瞬間に、この世の中って、私が思っているのとは全然違うのかも知れないという姿をぽろっと出す瞬間があるわけですよ。

9.11

それが、もっとはっきりした姿で我々の前に出現する時というのがある。大抵の場合、非常に個人的に、ある日常の風景の、ある忘れがたい異様な一コマとしてあって、それはなんとなく染みついてこの世界のあり方に、ある全面的には親しみにくい、何か本質的に理解も把握も出来ない物。あるいは、我々にとっての他者としての世界みたいな感覚を持たせることはあります。
希にですけれど、非常に多くの人が、同時にそれを体験するという事を、去年の一番最初の時から実はしていたわけです。今日はそこから話を始めます。
そのうちの一つとして、去年の一番最初の授業で挙げたのが、9.11の事件でした。
思い出話ばかりみたいになってしまいますが、9.11の事件が起こった時、私は田舎に帰ってまして、夏は暑いから田舎に帰るという習慣がありますから――最近は田舎も暑いんだよ。全然涼しくなくなってしまって、何故だろう――そうしたら、10時のニュースを漫然と、風呂から上がって家族でビールとか飲みながら見ていたら、最近は「本当は怖い家庭の医学」でビートたけしの隣にいる、あの超可愛い女の子、というか、結婚しているようですけれど、あの子がまだ10時のニュースで誰かの隣に座っていた時。その時でしたが、彼女がいきなり言ったの。「ニューヨークの国際貿易センタービルにジャンボジェット機が衝突したようです」その時、飲んでたビール吹いた、私。

だって、それは有り得ないもの。一瞬、その光景を想像したらさ、結構吹かざるを得ないわけですよ。
「詳細は、また入り次第お伝えします」とか言うから、思わずわくわくして、その超馬鹿な光景というのは誤報だったというのを待とうじゃないか思っていたら――本当にやってるんだよ。
その瞬間に、家族はさすがに何も言わなかったけれど、私はマジ笑った、はっきり言って。笑うしかないんですよ、あの風景。本当に。私としては、それ、凄く正直な風景だったと思います。私の家族も、やはりその瞬間というのは、なんと言っていいのか分からないけれど、一瞬笑いたくなったのは確かだと思います。そして、日本中でも世界中でも、あの映像を初めて見た瞬間に、笑った人って、凄く沢山いると思うんです。
なんで笑うのかという事です。それは、今言ったように、あまりにも馬鹿馬鹿しいからというのが、理由の半分です。多分、あまりに馬鹿馬鹿しいからというのは、理由のあくまで半分であって、残りの半分というのは、何故笑うのか、多分自分たちでも分からない。おそらくほとんど理由もなく笑っている。そして、その次、あるいは笑わなかった人たちの反応というのは、これはちょっとブログとかその後検索したりしましたが、「非現実的だ」「あまりにも非現実的な光景が目の前に展開した」と感じた人たちが沢山いる。その、あまりにも非現実的だという、ある感覚みたいな物が、その後、すごく沢山の人たちが言うことになった「まるでハリウッド映画みたいだった」という言葉につながってくるわけです。
よく見ていただければ分かりますけれど、あれはハリウッド映画的な映像の作り方では全然ないですよ。むしろ、ウェザーニュースか何かの隅っこで、いきなりやっているみたいな世界なので。そういう意味でのハリウッド的な盛り上げ方とか、そういう物が一切ない状態です。いきなりスコーンと投げ出されているんで、あれを「ハリウッド的」というのは、多分あまり映画を見てないし、見てもあまり絵にこだわってない人たちの反応だとは思うんですけれど。
ただ、それを引き出すのは、当時もうだいぶCGを多用した映像が登場して来ましたから、その「ハリウッド的な映像」という奴が、非現実的な光景を描き出すものという典型としてみんなの頭の中に刷り込まれていたという事だろうと思うんですよ。
ただ、笑うにしても、非現実的だと思うにしても、そこには一つ、共通のことが起こっている。それは何なのかというと、例えばそれが非現実的な物に見えるのは、それがあまりにも現実的過ぎるからです。
その、あまりにも現実的過ぎる、生々しい現実であり過ぎる物を目の前に突きつけられた結果、我々の頭の中のブレーカーがいきなりすとんと落ちているんですよ。それ以上の電流が流れないように。多分この二つとも、笑うにしても、非現実的だと感じるんだとしても、そこの所で、何か我々の心のあり方みたいなものを防衛するための、あるメカニズムが動いている。
つまり、世界が余りにも怪異な場所であるという事が、9.11のあの瞬間に、あの映像によって、我々の目の前に突きつけられている。つまり、普通、都市の上を旅客機は飛ばないし、ましてや高層ビルがある所は、飛ぶことが稀にあったとしても、安全な高度を保って飛ぶか、安全な距離を保って飛ぶかするはずなので、普通にロジカルに考えた場合には、あそこを飛行機が飛んでいるという事は、ほぼないんですよ。
これはどこの都市でも同じだと思います。東京の上空は、割合小さい飛行機は飛びますが、大型の旅客機は飛びませんよね。
私が聞いた話というか、いやごめんなさい、フランスにいる間、一応新聞は毎日読むんですけれど、日本で新聞を読んでいる時と同じで、一面の真面目な記事というのは斜めに読んで、その次辺りにある、小さな与太記事を読むのが好きなわけですよ。多分、新聞が好きな人って、与太記事が好きなんだと思う。その中で、「謎の飛行機が夜毎にパリの上を飛ぶ」というのがありまして。当局も不明なんだけれど、一体何者が飛んでいるのかは分からない。ただ、パリの上空というのは、飛行機は飛んじゃいけない事になっている。にも関わらず、夜な夜なセスナ機でその上を飛び回る奴がいるらしいんです。「当局がその正体を掴まえかねている。一体正体は、暇を持て余した大金持ちのご婦人だろうか。それとも何か邪な目論見を持つ奴がやっているのであろうか。」そこから先、何もない。何、この煽り記事?って思ったんですけれど、それでつまり、都市の上空というのは飛ばないというのを、私は初めて知ったというふうに言っていいと思います。だから、有り得ないことです。
そして、有り得ないのは何故かというと、意図的にではないにせよ、うっかり街の上空で飛行機が落ちたり、それからビルに突っ込んだりしないようにするために、きちんとその現実をコントロールするテクニック、手段としてそれが行われているわけです。それはそうでしょう。だって、本当に例えば羽田を離陸したばかりのジャンボジェットが、北の方に進路を変えるときに、東京の上空で旋回して、旋回している間にエンジントラブルを起こしてそのまますとんと落ちたらどうなるのよ、って考えてご覧なさい。それで、そのまま新宿の高層ビル街に落ちてご覧。凄いことになっちゃうから。だから、そういう事が起きないように、一回海に出てから廻るようになっている。大抵そういうコントロールがされています。だから、ほとんど被害妄想みたいな事を考えないと、セキュリティというのはきちんと守れないという話になるわけですけれど。
それをもっと、今言っている文脈に引きつけて言うならば何なのか。我々は日々、世界の怪異性みたいな物を飼い慣らそうと必死になって努力しているわけです。ところがああいう事をやる奴が突発的に出てくると――あるいは誰だって考えつくわけだけど、地下鉄の中で毒ガスを撒いたらどうなるかって、誰だって考えるわけ。誰だって考えるけど、誰もやらない。恐ろしすぎるから。ま、それをやった奴がたまたまいたという、その事実を考えて頂いてもそうなんですが、世界というのは、常にそういう可能性を、それが起こり得るという可能性を孕んでいるにも関わらず、それはたまたま起こっていないんですよね。
その事によって、我々と世界との関係というのが、ある意味安定した形を保ち続けている。だから我々はそこで安心して暮らす事が出来る。例えば、自動販売機にお金を放り込んで出てきた飲み物を、我々は蓋を開けて、普通に飲むでしょう。中に硫酸が入っているとか、中に毒が入っているという事を、我々はあまり考えない。基本的にそこの所はコントロールされていると思うから。ただ、それは起こり得ない事では、必ずしもないわけです。例えばそれが「世界の怪異性」という奴のある姿です。
あるいは、もっと極端な事を言おうか。もしかしたら、それは誰も毒を入れなかったかも知れない。どの行程をチェックしても、そんな事は絶対にないにもかかわらず、この中に入っている液体というのが、突然致死性の毒物に入れ替わっている事が、絶対に無いとは言えないよね。
そこまで行っちゃうんですよ。世界がどの位怪異かという問題に関して疑いを持ち始めると。これを進めるとかなり病気になってきまして、外にも出られないという話になっちゃうんで、非常に危険ですけれどね。従って、もし万が一そういうことが起こった時には、それをなんとかその事実、世界がこんなにも不気味な場所であるという事実その物を飼い慣らす必要が出てくる。

物語による合理化――9.11の場合

その話をしたときに、確か、これは後になって見たんで、あの時は授業ではあまり話をしなかったと思うんですけれど、”Fallin Man”という、つまり「落ちる人」というドキュメンタリー映画があるんですよ。9.11物のDVDが沢山出た時、一緒になってレンタルの棚に並んでいたのを借りてきて見たんですが、まあ感じの悪い映画でしてね。感じ悪いなと思ってみたら、やっぱり作ったのはイギリス人だったという問題が一つあるわけですが、いいよね、少し傷が浅いんだよね、イギリス人はそういう点においては。
これは何なのかというと、9.11のテロで突入されたビルが崩落する前、中で盛んに火災が起こっている最中に、炎に追われた人たちの中で、窓から飛び降りて死んだ人が結構いる。その場面を撮った写真家がいるという話なんですよ。結構いっぱい撮ったんだよね。色々な姿で落ちる姿が出てきますけれど。
一応ドキュメンタリーだから、何らかの脈絡をつけなくてはいけないので、一応落ちている奴がいるという写真を見せて終わりというわけにはいかなくて、話を作らなくてはならない必要上、一応色々な事をしては見せるわけです。
それは何なのかというと、それがたまたま報道写真に出た際の反応みたいな物。その写真が出た瞬間に、物凄い反発を買ったんです。つまりそれは、我々が一番見たくない種類の物だった。人間が炎に追われてビルから飛び降りる姿は。ましてやあの状況では。
その後、そこでごたごたするんですけれど、最終的に私が記憶している限りでは、二、三年前の話なので、ちょっと印象が薄くなっていますけれど、落ちた人を突き止めようじゃないかという話になってくる。写っているのが誰なのか。一応調べてみるんですけれど、当局の返答というのが凄いですよ。「飛び降りる人の写真を撮ったので、身元を知りたいので、ちょっと協力してくれないか」と当局に聞いたら、当局は「飛び降りた人は一人もいません」と言った。面白いでしょう?
それで、なんとかつきとめて電話をすると、大抵遺族は怒るのね。それは、普通怒るわ。大抵怒るんだけれど、それでは全く話にならないので、一人ぐらい実地に写真を見て確認してもいいという人を見つけまして、写真を持って出かけていって、「ああ、間違いありません。これはうちの人です」というのをやるわけですけれど、その時に凄く面白かったのは――いや、非常にヒューマンな反応なんですよ。その問題に関してとやかく言うというのは、ひどく意地の悪い事だとお断りしておきますが――家族がそれを見て「うちの人です」と言って「なんでこんな事に」って悲憤慷慨して「テロリストをぶっ殺してやる」なんて叫ばないんですよ。「うちの人」という奴に対して、あくまで全ての興味が集中していく。そして「こんな風に綺麗な形で落ちているとは思わなかった」と。その次。「きっと覚悟の死だったに違いありません。心の中は穏やかだったでしょう」と言う訳ですよ。
いやあ、ちょっと呆然とした。でも、きっとそういう事件が日本であったとしたら、遺族はそう言うと思いませんか?あるいは自分たちの身にそれが起こったとしたら、必ず自分たちもそう言うと思いませんか?
ここで考えなくてはならないのは、この時に一体何が行われているかと言うこと。まず、何故当局は「飛び降りた人間は一人もいない」と言ったのか。飛び降りたという事実があってはいけない、と思ったからです。あってはいけない、というのは、不祥事だからなんとかという話ではなくて、そこに、ある決定的な、この世に生きているそれぞれの人々と、そしてこの世界との間の安定した関係を突き崩す可能性のような物が感じられた。だからそれは言ってはいけないことになった。誰も飛び降りていない、というのはそういう事です。
そして、二番目。どうしても飛び降りたんだという事実を突き付けられた時に、遺族はそういう形で、あるお話を作って、そのお話によって、その飛び降りたという事実を納得し、そしてその問題に関して、物語による合理化を図っている。そう考えることによって、人間が普通に、朝出して、働いている所に、飛行機が突っ込んでくるというだけでも災難だというのに、それで火事に巻き込まれて――本人、何の落ち度もないでしょう?どうしてみようもない状況になっちゃって、その中で落ちている写真も凄いんですけれど、それよりやはり嫌な写真だなと思ったのは、窓の所の写真なんですよ。
中でガスが充満してきて、熱にも追われているから、窓を開けて、現代建築のビルですから、細い窓ですから、そこに人が中から鈴なりになって、身を乗り出しているんですよ。その内の一人は、窓枠の縁に立とうとしている。そういう写真。
その状況というのは、ある意味、完全に人間性を剥奪された状態だと言っていいと思います。被害者の人には申し訳ないんですけれど。あるいは、スピルバーグの『宇宙戦争』の中の、トライポッドが襲ってくる瞬間に、こうやって顔を上げた瞬間に、人間の顔から何の表情も無くなっているという話をしましたけれど、あの瞬間の問題に非常に近い物だと思います。その瞬間、我々は人間として、この世界をコントロールしていく事が出来る、この世界の現実を自分の力でなんとかコントロールして、生きていく事が出来るという可能性が、実は全部嘘だったという事が分かる。そしてそういう可能性は、平穏な生活を送っていくためには、あってはならない事。だって、そんなことを考えたら、誰だって真面目に月曜日から会社に行く気がしなくなるでしょう。
こういう忌避は、世界の絶対的怪異性を突き付けられた時に、その怪異性を突き付けられた事実自体を否定するという形を取っています。本来、何の文脈もない、極めてよそよそしい場所であるこの世界に、何らかの、多くの場合非常に物語化された文脈を与える。あるいは、我々は普段そういう物語化された文脈の中で暮らしているから、平穏無事に暮らしていくことが出来ると考えられるわけですが、その文脈が一度剥奪されるのを目にした時に、あわてふためいて、元の文脈をなんとか与え直して、世界を元の場所に戻し、修復しようとする。その事によって、世界を再び安心して暮らせる、我々にとって非常に分かりの良い、見通しの良い場所に変えようとしている、そういう努力だと考えて良い。

物語による合理化――広島、長崎の場合

一応小説の話をする必要があるので、その辺りの観点から言っていくと、例えば「物語による癒し」というような言葉を我々はよく聞くと思います。あるいは「物語こそが今必要とされている」というような良い方がされることもあると思います。そういうのは何かというと、所謂「フィクションによる癒し」という奴は、基本的にはこういう機能を、ある意味で担っている所がある。だから、その「癒す物語」みたいな物に対して、私はある疑問を感じざるを得ないわけです。勿論そういう物を必要としている人は、凄く沢山いるでしょう。凄く沢山いるけれど、それで本当に良いのか。あるいは小説というのは、本当にそれをするためだけの物なのかという時に、かなりの疑問を私を持っているんですね。
読めば、効くには効くわけですよ。本当に。身内を亡くした時などに、何かそういう種類の、美しげな話があって、ああ、うちのお父さんもきっとこうだったに違いないわ、って胸に手を当てて思えれば、それは世界はとてもとても良い場所になりますよ。ただし、だからといって、この世界のあり方その物が、どこかで根本的に変わるわけではない。ただ単に、布を一枚かぶせて、見ない見ない、と言っているだけのような物なので。まして、そういう状況を前にした場合の、人間の為す術の無さみたいな物が消え去るわけではない。何かが、そうやって物語によって騙す事によって可能になるわけではない。ただ単に、目をつむる事が出来るようになるだけですよ。それではね。
ただし、そういう形での物語化によって、世界をもう一度自分たちにとって親しみやすい場所に変えてみようという努力は、格別、近代社会における、あるいは我々が知っている所における、小説や映画といったフィクションだけに限らず、例えば、何かしらの大きな災厄に見舞われた共同体が、その後である宗教儀礼を行う事によって、それを宗教的な文脈の中に閉じこめてしまうという行為も、おそらくはある種の物語化による――世界の絶対的な怪異性を悪魔だと仮定した場合ですけれど――悪魔払いだという事になる事は確かだと思います。
あるいはさ、陰気な話を積み重ねているけれど、仕方ない。これ書いてあるからしよう。
最近はどうなのか知らないんだけれど、私が子供の頃、夏休みの、8月の始めぐらいになると、テレビつけるのが凄く気が重いのね。なんで7月の終わりから8月にかけて、なんで気が凄く重いのかと言うと、終戦記念日が近づいているからですよ。終戦記念日の前には、広島と長崎があるわけです。テレビって、あの頃凄く真面目だったから、朝のおばはん向けのワイドショーみたいな番組でも、必ず直前になると、その話ばかりやるわけですよ。そうすると、はっきり言って、私は子供がいたらあまりこういうのを見せたくないなと思うし、子供の頃にも見たくなかったような物を、山のように見せられてしまう。焼跡の写真であるとか、あるいは被爆者の方々の写真であるとか、そういう写真。
凄く不思議なのは、最近になって出てきた写真だからなのかも知れないんですけれど、広島の、直後の写真で、唯一、これは救いだなと思った写真を、去年か一昨年ぐらい、はじめてNHKで見ました。それは、広島に確か原爆を落とした三日後くらいに、米軍が上空を通って、どうなっているか現場の撮影をやった写真の中に入っているんですよ。何日か続けてやったらしい。そうすると、被爆した直後、交差点の所で、市電が横倒しになって倒れているんです。ところが、何日か経つと、その同じ市電が、道の横の方に寄せられているんですよ。そして、何日か経つと、市電が無くなっているんですよ。面白いでしょう?
これは――たまには何となく希望の言葉を語らなくてはならないという気がしたから言いますけれど――本当に、それはある種の希望を感じる風景でした。初めて見た、あんなの。
つまり、あれだけの事があった状況下でも、道の真ん中に市電があるのは具合がよろしくないと言って、集まってきて市電を動かす人たちがいるんですよ。そして、それはそのままにしておくのは悪いからと言って、きちんと始末をしていく人たちがいるんですよ。あるいは、その後何日かしてから、救護所の写真なども上空から撮られていますけれど、そうじゃなくて、隅っこで物を売り始める人たちがいる。きちんと、そこで生活が再建されていくという過程がちゃんと捉えられていて、あれはちょっとあれでしたけれど。
ただ、子供の頃はそういうの無いのね。ひたすらに、原爆が落ちて、それは見てる子供にとって、ひたすらなトラウマなわけですよ。こんな恐ろしい事が世の中で起きるなんて、という。
広島、長崎に対する原爆の投下に関して、あまり政治的な事に触れたくはないような気はしますが、色々な正当化の問題が言われているのは確かだと思います。その内、かろうじて私にとって納得できる言葉があるのだとすれば「総動員体制をとって戦争行為をしている国にとっては、非戦闘員は存在しない」という事。これ自体が国民国家の非常に大きな問題になってきてしまうと思うんですけれど。政府が戦争を始めると、国民も全員共犯なんですよ。だから、その戦争を終結させるために、前線で武器を取っているわけでもなんでもない人間の頭の上に、爆弾を降らせても構わないんだ、というロジックは、国民国家国民国家が戦争をする場合には必ず出てくる。そのロジックに従った結果がこれだよっていうのが、唯一説明できる物だけれど、納得出来るかというと、出来ない。
それは絶対に出来ないですよ。そういう所から、国民国家って何なのという私の疑問が、ある意味では始まっているわけですけれどね。その所を、例えどこまでどうやっていったとしても、やはり残念ながら原爆を、広島と長崎に、それも8月に入ってから落とすという、この状況については、この状況を引き起こした、ある残忍さみたいなもの。あるいは冷酷さみたいなもの。そして、何よりもその冷酷さにまつわっている――この事って、やっぱりどうしても否定し難いと思うんですけれど――差別性みたいな物は、絶対に否定は出来ない。
ただ実際問題、それも良いことだとは言っておきますけれど、そういう意味で「アメリカ人ていうのは」というような報道の仕方は、少なくともあの当時はしてなかったし、今でもしていない。そして、原爆記念公園の所ですか。「安らかに眠ってください。過ちは二度と繰り返しませんから」と刻まれている。
この問題をちょっと考えて欲しいんです。どう考えても、彼らは何も悪くないんですよ。それを言ってしまったら、そこまでの悪いことを、日本人全員がやったと認識しなくてはならないというのは――かなりやった事は非道いわけですが。大東亜戦争全体を見た場合には。でも、原爆を落とされなくてはならない程非道かったわけ?と、日本人だったらやはりなるでしょう。
私が自分を日本人だと思うのは、その問題に関して考えた時だけだという気はするわけですが。ただ、残念ながら、そういう風に考えた場合、その瞬間に、ある人間のどうしようもない残忍さとか、どうしようもない差別性みたいな物。
そしてそれが平気で行われた瞬間に起こった、ある場景みたいな奴というのが、非常にトラウマ的な事実として、そこにごろんと横たわっていて、そしてこの問題に関して、我々は何とも出来ない。どうにも解決出来ない。物凄く嫌な形で、世界の絶対的な怪異性みたいな物が、我々の目の前にぼーんと表れる瞬間。それは、歴史的には例えば広島、長崎です。
その時に、さっき言ったのとは、また少し違う種類の物語化を、我々が行う事によって、戦争が終わってからの六十何年を生きてきた。それは、つまり、そこにあるごろんとした物に関して、直視してしまったら、日本人は生きていけないから。ましてや、被爆者たちは、それぞれ思いがあると思いますけれど、多分そんな事で、とても生きてはいけなくなってしまう人たちは多いと思う。
もう一つ政治的な状況があって、あの当時からしばらく続いていた政治的な状況下にあっては、そこでアメリカの事を虐殺者として非難しては日本という国家は生き延びていけないという、ある政治的な状況に置かれていた。
といっても、私の事を極右だと思わないで下さい、という話になってしまうんですけれど、その事はきちんとお断りしておきますけれどね。
その中で出てきた、非常に苦しい、ある意味では随分マシな物語化というのが、「過ちは二度と繰り返しませんから」という言葉に集約されてしまうわけです。歴史というのはこういう瞬間を無数に孕んでいるという事を、強調しておきたいと思ったんです。
実は、今日はこの話から持って行って、歴史というか、我々が普通に考えている「歴史」という物の解体にとりかかろうという話だったんですけれど、そこまで行くかどうかな。
一般的にどういう風に皆さんが考えているのか知りませんけれど、人類の歴史というのは、そういうテクノロジー的には20世紀に入ってからの飛躍的な発展があって、その分、引き起こされる状況は、旅客機一機であれだから、という言い方になりますけれど、比べものにならないくらい大きくなっています。しかし、人類の歴史はそういう種類の――安直な言い方をしますけれど――トラウマ的な状況の積み重ねの中で出来ている。あるいは、人類の歴史というのは、世界のあまりにも怪異な姿という奴を、人間が突き付けられ続ける中で展開してきたと言っても構わないと思います。
それは、今広島、長崎の問題で言ったのと同じように、ある意味直視したら生きてはいけない種類の物だったと考えてください。歴史というのは、本当の事を言うと、多分そういう物なんだと思います。そして、それを見ちゃったら、よく人類は恥ずかしげもなく生きているよね、という言い方になってしまうと思いますし、あるいはよくこんな状況の中で、我々は狂いもせずに生き延びて来たねという事になってしまうと思う。
そういう歴史を母体にして、これから考えて行こうと思います。



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